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福岡家庭裁判所 昭和43年(少)2130号 決定 1969年2月24日

少年 J・K(昭二六・三・二生)

主文

この事件を福岡地方検察庁の検察官に送致する。

理由

(犯罪事実および適条)

第一、司法巡査作成の交通事件原票二通(番号D九一一〇四及び一〇五九九一)記載の犯罪事実及び適条。

第二、少年は、自動車運転の業務に従事するものであるところ、自動二輪車を運転し昭和四三年四月○○日午後一時三〇分頃福岡市大字○○×-○○番地先路上を香椎方面から名島方面に向つて時速約七〇キロートルで進行中進路前方を同一方向に向けて縦に並んで第一通行帯上を進行していた自動二輪車二台を追越そうとしたが、かかる場合この自動二輪車に自車を接触させる危険を避けるためそれとの間隔を十分に保つて追越をすべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、先行する○藤久○雄運転の自動二輪車の進路直前に右側から切り込むように進入する追越行為を行つた過失により、自車後部ナンバープレート附近を同車の前輪に接触させて同人を横倒しに転倒させ、その結果同人に対し治療約一週間を要する右半身打撲擦過創両膝関節部切創の傷害を負わせたものである。

刑法二一一条前段

(送致の理由)

本件罪質および情状に照らして、刑事処分を相当と認める。

よつて、少年法二〇条にしたがい、主文のとおり決定する。

(昭和四三年少第二一三〇号事件につき救護義務違反、報告義務違反の非行事実は事件送致がないものと判断した理由)

右事件記録によれば、少年は前判示の業務上過失傷害の罪を犯した直後、被害者が路上に転倒し負傷したかも知れぬことを十分認識していながら、この被害者を救護する措置及びこの事故発生を警察官に報告する措置をともに講じないまま事故現場から逃走しいわゆる轢き逃げを行つたものであることは明らかである。

しかして、検察官作成の昭和四三年七月一八日付送致書によれば、送致事由として、「少年法三条一項一号、下欄司法警察職員の報告書記載の犯罪事実のとおり」と記載され、この引用にかかる司法巡査田中満作成の「業務上過失傷害、道路交通法違反事件捜査報告書(人身事故)」には、「件名、業務上過失傷害、道路交通法違反」「罰条、刑法二一一条、道路交通法二八条三項、一一九条一項二号の二、七二条一項前段、一一七条、七二条一項後段、一一九条一項一〇号」と記載されているほか、被疑事実の要旨として、日時、場所、被疑者の車両、被害者の氏名を表示し、「被害者の治療約七日間」、被害車両およびその状態として、「車種、自動二輪車、車両番号、福岡え○○○○、速度約六〇キロ」「中前方約五メートルを同方向に向け直進しているのを認めた」と記載し、過失の態様として、「被疑者の運転状態。上欄記載(二)(被害車両およびその状態の欄の意)の右側追越ししているとき、速度約七〇キロ」「懈怠原因。油断」「怠つた注意義務。安全不確認、程度、被害者(車)発見後措置失当、動静不注視」と記載し、衝突等の状況として、「上欄記載(二)(前記と同じ欄の意)の前部に自車後部を接触」と記載されているのみである。

したがつて、この記載は、右報告書中の被疑者の欄の「運転免許有、自二免許、昭和四二年三月二九日、福岡県公安委第九〇、六七、〇五二二五八〇号」とある記載とを併せ見れば、少年は、自動車運転の業務に従事しているものであるところ、同報告書記載の日時、場所において同記載の車両を運転中、前方を同一方向に向けて進行していた被害者運転の自動二輪車をその右側から追越すに際し、同車の動静を注視していなかつた安全不確認等の過失により、同車前部に自車後部を接触させ、その結果右被害者に対し治療約七日間の傷害を与えた罪(業務上過失傷害)を犯したものであつて、この不適切な追越方法は道路交通法二八条三項違反にも該当するものである旨を記載したものであるに止まり、前記救護義務違反及び報告義務違反の各所為については、被疑事実の要旨の欄にはなんら記するところがないものといわざるをえない。

家庭裁判所に対する捜査機関からの事件送致書は、審判に付すべき事由を記載しなければならないとされている(少年審判規則八条)。これは、捜査機関からの事件送致に一定の法律効果が結びつけられている(例えば、送致を受けた家庭裁判所の審判権の取得、公訴時効の停止等)ことから、送致される事件の範囲を明確にしなければならないとの考慮に基いているのである。したがつて、この「審判に付すべき事由」において、少年の非行事実を明確に記載し、事件送致の範囲を特定することが要求されているものと解するのが相当である。送致書中において、非行事実として明確に記載されていない事実については事件送致がなかつたものとして取扱うほかない。

本件においては、前記の検察官作成送致書が引用する司法巡査田中満作成の報告書が、少年の救護義務違反、報告義務違反行為につき単にその該当の罰条を掲げるのみであつて、その当該非行事実に関しては明確な記載をしていないのであるから、この非行事実は「審判に付すべき事由」つまり「送致事実」には含まれていないものと解するのが相当である。もつとも、右送致書に添付された証拠書類中にはこの救護義務違反、報告義務違反の事実に関するものも含まれている点からすれば、検察官はこの各非行事実に関してもこれを家庭裁判所に送致しようとの意図を有していたであろうことは臆測するに難くないところであるが、事件送致の範囲につき明確性を欠く送致書について、捜査機関の意図を推測してその範囲を拡張することは、手続の明確性、法的安定性を妨げるものであつて相当でない。

また、いわゆる交通切符によつて処理される道路交通法違反事件等の非行事実については、簡易な記載が許されていることは周知のとおりであるが、これとても罰条の記載のみをもつて送致事実の記載にかえることまでも許しているのではなく、非行の日時、場所、違反車両を特定することは勿論のこと、「法定速度違反、『二〇km/h超過六〇km/hのところ八〇km/h』」等の如く非行事実をも明確に記載することを要求しているのである。しかも、この交通切符の簡易な記載は、道路交通法違反事件等の大量迅速処理の要請に基くものであつて、他の非行事件にまで拡張しない趣旨で定められているものであることは、これに関する各種通達に照らして明白なところである。

以上のとおりであるので、昭和四三年少第二一三〇号事件につき、救護義務違反、報告義務違反の非行事実は、検察官からの事件送致がないものと判断して処理した次第である。

(裁判官 金沢英一)

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